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ゆかし あたらし

いろいろ書きます。穂乃果ちゃんが好きです。

成果主義と無能の間で

 僕はプロセスを重視した評価基準より成果を重視したような評価基準の方が正しいと思っている人間です。何年も前からずっとそう確信しています。ただ、大学に入ってアルバイトですが実際に軽く労働というものをしてみて、その確信がすこし揺らぎ始めました。どっちが正しいかなんて僕の中で決まっていますが、思った事を少し書いていきたいと思います。

 実際に働いてみて感じるのが自分の能力のなさです。あんまり細かく言及するとただのメンヘラツイートみたいになるのでやめます。なんていうか社会人基礎力のなさが目立つような事が多々ありました。そんな時に自分を守ってくれてると気付いた物は「まあこいつは頑張ってるし」という周りの目線でした。成果至上主義者の僕がそういうプロセス重視の考え方に守られていたなんて皮肉な話ですよね。そこで気付いたんです。今まで僕が成果主義を正しいと扱っていたのは自分には能力があるから努力なんていう面倒くさい事はせずに評価されたいって思ってただけなんじゃないかって。

 そう思うと成果主義自体が正しい物なのか自分の中でも不安になってきました。頑張ることは誰でもできます。誰でもできる、そういう公平な基準で評価を決める。そっちの方が正しい姿なんじゃないかって。そして、そういう世界の方が自分にとっては過ごしやすいんじゃないのかって。

 でもそんなぬるま湯に浸かって資本主義社会が回るような時代はオイルショックやプラザ合意、冷戦などと共に終わってしまいました。成果主義に進む流れはもう止める事はできないのでしょうし、資本主義社会ではそちらの方が正しいのでしょう。社会のシステムが人を不幸にするとはなんともディストピアっぽいですが社会システムがうまく回らないと僕たち全員が困ります。格差原理と同じで最底辺層の利益になるなら不幸になるような仕組みもしょうがないのではないんでしょうか。そんな流れの中で成果主義を批判できるだけの気力は僕にはありません。

 書きながら本当に正しいと確信しているのか自分の中で分かってない事が分かっちゃいましたね。なに言ってるのかどちらが正しいのか直感なのか自分の間違いを認めたくないのか自分でもよく分からないですけれども僕はそれでも成果主義が正しいことを信じています。