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ゆかし あたらし

いろいろ書きます。穂乃果ちゃんが好きです。

さしのべようオタクの手を ーハロウィンにおもうことー (2264文字)

表現

 11月になって寒さも厳しくなりました。そろそろマフラーが欲しい頃ですね。

 さて、数年前から始まったハロウィンの日に繁華街で仮装するイベント(?)は今年も行われてそれなりに盛り上がったそうです。ここではハロウィンのイベント(?)の是非についてはおいておきます。僕が気になったのはそれに対するコスプレイヤーを中心とするオタク達の反応です。

 僕が知ってる限り多くのオタク達がハロウィンイベントに批判的でした。今すぐ取りやめさせたいってレベルに批判的な思いを持ってる人も多かった気がします。理由はマナーが悪いというのが中心的です。確かにそれ自体は批判されてしかるべきです。しかし、それにも方法というか言い方という物があるんじゃないんでしょうか。僕が知ってる限り、そういう発言の多くは参加者全員の人格を否定したりするような内容が多いように感じます。そんな事してなんの意味があるのでしょうか。

 まず、最初に起こってきたそういう発言の多くは「マナーを守ってコスプレしてる自分たちが犯罪者予備軍のように扱われて仮装してるリア充はマナーを守らないのに許されてるのはおかしい」というような物でした。しかしよく考えてみてください。コスプレしてる人が犯罪者予備軍のように扱われた事ってありますか?僕はありません。というか世間一般でオタクの中で犯罪者予備軍のように扱われるのってエロゲオタクぐらいじゃないんでしょうか*1?なんていうかただの被害妄想なんじゃないんでしょうか。そりゃ宮崎勤事件があった直後のオタクバッシング全盛期だったら別かもしれません。しかしオタクが一般化して秋葉原に家族連れの観光客が来るようになった今にそれはいくらなんでも言い過ぎだと僕は思います。そして後半の部分なんてただの僻みですよね。

 次におきたのは具体的にマナーを叩く発言でした。「駅や百貨店のトイレで着替えるのはマナー違反だ。」「家からコスプレしてから来るのはマナー違反だ。」「ゴミを捨てるのはマナー違反だ。」 確かに正論な物も多いです。しかしマナーっていうものは最初からそこにあるものでしょうか?僕は違うと思います。PSYCHO-PASSで主人公の常守朱が法という物について「これまで悪を憎んで、正しい生き方を捜し求めてきた人々の想いが…その積み重ねが法なんです。」と語っていましたがマナーについても同じ事が言えるのではないのでしょうか。マナーや文化というものはこれまでの先人たちが必死に積み上げてきた物です。たかが2年か3年しか歴史がないハロウィンイベントにあるわけないじゃないですか。実際に今年の渋谷のハロウィンイベントでは東急や渋谷区によって仮設の更衣室が設置されたり改善が見られてきています。マナーやいい文化ができるのはまだまだこれからなんですよ。これらのマナーに関する発言の多くはハロウィンイベントに参加する人たちへの人格を否定するような内容が入っています。先人達の尊い想いを自分たちの優越感を満たすための道具にするのは果たしてどうなんでしょうか。第一にそういう人たちが比較対象によくあげるコミケだって平気な顔して待機列にゴミが捨ててあるじゃないですか。それにオタク界隈のマナーの多くは宮崎勤事件以来の暗黒時代に世間の目から必死に隠した上で楽しむために産まれてきました。夏コミに外国人が来て話題にもなっていますが家からコスプレしてこないという文化は果たして時代が変わった今では有効だと言えるのでしょうか。立ち止まって考えてみてください。普通の人たちは電車の中でアニメのコスプレしてる人たちをみたらどう感じると思いますか?「オタクだ」とか「気持ち悪い」という程度で止まってこっちに不利益になるような行動をとるようには僕には考えられません。気持ち悪いと思う人に配慮しようとしたら僕たちキモオタクはそもそも外出することができなくなります。とある人が指摘していましたが、こういうオタク達が迫害されている事を前提としたマナーを守り続けること自体が、オタク達を一番被差別民に追い込むのではないんでしょうか。

 ではオタクたちのするべき発言とは何だったのでしょうか。それはオタクたちが持っているマナーをそういう人たちに提供する事じゃないんでしょうか。オタクたちは長年にわたって仮装イベントをやっていく事によって積み上げたマナーや文化があります。それを自分たちの優越感を満たすための道具ではなく、まだ右も左も分からないような人たちに教える事。それこそがやるべきことなんじゃないのかと僕は思います。もちろん自然発生的なイベントであるとか中心になる人たちのパーソナリティの傾向が違うとかオタクたちのやっているイベントからそのまま持ってくる事ができない部分も多くあると思います。そして自分たちを被差別民だと規定するようなルールは持ってくるどころか元からなくしていく必要があると思います。しかし、それでもオタクたちが積み上げてきた物には大きな価値があると思います。本当に被差別民から抜け出したいならここで手をさしのべるべきなんじゃないんでしょうか。そして軽々しく潰そうと思わないでください。それがコミケをはじめとするイベントを必死で守ろうとしてきた人たちのやることですか?オタクたちがそういうイベントを大切に思うようにハロウィンイベントに集まる人たちはハロウィンイベントを大切に思っているはずです。

さしのべようオタクの手 まずは渋谷へ

*1:実際に僕もハマる前はそういう印象を持ってました。